GORO is on my mind

こんばんわ。
さとちです。

さとち家のアイドル、ゴローくんが亡くなりました。
18歳でした。

ここ最近でめっきり老けこんで、とうとう足腰立たなくなって
座りっぱなしになって、1週間と持ちませんでした。

ただ、最近の診断でも、腎不全にもなっていて、また前立腺にも
癌があって、色んな悪いところはあっても、高齢なだけに
手術はできない、ってこともあったのです。
てことは、かなり痛みとかもあったはずで、夜中の3時とかにも
鳴き(泣き?)出すことが常だったので、そう考えると、
死によって痛みから開放されたと思えば良かったのかもしれません。

ゴローくんは、友達の彼女がはじめ飼っていたのですが、
家の事情で飼えなくなってしまったので、さとち家で
飼ってもらえないか?ということで連れて来られたのです。
その頃、ゴローくんの前に飼っていた「ラッキー」という犬が
こちらも高齢の16歳で亡くしてしまったばかりだったので
家族皆乗り気ではなかったのですが、「とりあえず」という形で
連れて来られたゴローくんの愛らしさというか、人間っぽいw
というか、そのままさとち家に引き取られたのでした。

ゴローくんとの一番の思い出は、下の写真で一緒に写ってる頃
さとちは、心の病で会社を長期休暇していたのです。
会社を休む前は、ホントに朝が起きれなくて、でも夜も寝付けなくて
といった症状がずっと続いて、パンクしちゃったのです。
で、お医者さんに行ってお薬だしてもらって、とりあえず
「休め」
と言われたものの、いざ「休め」と言われると、まず何日かは
しっかりと睡眠とって休息を…となるのですが、何日かしてくると
そうもいかなくなってきて、「どうしよう?」となったのですが
何故かそういう病気については詳しかったさとちでしたので
朝起きて太陽の光を浴びると、セラトニンとかメラトニンが…
というのは見知っていたこともあり、
まずはずっと出来なかった
「早起きしよう!」ということに決めたのです。
で、早起きだけ、ってのも中々難しいもので、起きるだけだと
結局ベットの中でグズグズしちゃうので、まずは6時に起きて
シャワーを浴びて、それからゴローくんの散歩に行く、という
ルーチンを作ったのです。
当然、夕方も暇なさとちでしたので、夕方もゴローくんの散歩に
行っていたので、ホントにゴローくんと密接だった時期でした。
そんな規則正しい生活と、ペットセラピー的な意味でのゴローくん
との生活で、さとちの心の病も治って行ったのでした。

そんな頃からゴローくんは元気で元気で、その一日2回の
散歩でも飽き足らず、何度か脱走もしていたのですが、
このブログで呼びかけて、見事に発見できたのは本当に驚きでした。

そういった意味で、このブログの代名詞とも言えたゴローくん。
今年、さとちは齢40歳で、本厄にあたるのです。
そんなさとちの大厄を、ゴローくんは持って行ってくれたと
勝手に思っています。

今まで、素敵な思い出をありがとう。
ゴローくん。
お疲れ様でした。



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ゴロ2







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2015.02.23 Monday | 03:00 | comments(2) | trackbacks(0) | ペット | 
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May,May,May(命名「メイ」)

JUGEMテーマ:ペット

こんばんわ。
さとち@育メンです。

GW真っ只中の、5月5日のこどもの日。
仕事の最中、四日市スターアイランド内にある、
百五銀行へ訪れました。

そこで、運命の女子との出会いがありました。
ファム・ファタールです。
もう、一目見て、ビビっときました。

「あー、この子と一緒に住むんだな」

って。
そんな出会い久し振りだったので、戸惑いも
ありましたが、すぐに実家に連れて行きました。
それが、この子です。

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もうね。
スターアイランドの入り口のところで、ミャーミャー
鳴いてたんですよ。
でも、誰も見向きもしないし。

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ミャーミャー鳴きながらも、警戒心が強くて。
でも、なんかほっとけなくって。
思い切って、抱き上げてみると、そのままさとちの
腕に中に収まりました。

でも、家には先住のゴローくんも居るし、いきなり
子猫を持ち帰ったさとちは、母に当然ながら叱られました。
なので、とりあえず一晩預かって、里親さんを探さなきゃ、と
思ってたんですが。

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一晩預かってみると、一日前には怒っていた母も
打って変わって、病院に連れて行く話に変わってました。
ありがとう。

そして、正式にさとち家に迎え入れることになった
この子猫。
生まれ月は当然わからないのですが、出会った日が
5月だったということもあり、「メイ」と名付けました。

そんなメイちゃんの写真ギャラリーをどうぞw

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あとは、ゴローくんとの折り合いを付けていくことが課題ですが、
たった一日であっさりとトイレも覚え、一時間程度なら、一人で
過ごす事も出来る賢いメイちゃんなので、心配はしてないよ!
2014.05.12 Monday | 00:13 | comments(0) | trackbacks(0) | ペット | 
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Death lies in the side

JUGEMテーマ:日記・一般

こんばんわ。
さとちです。

気が付けば2014年、今年も不定期更新で
やって参りますので、気長にご覧くださいませ。

そんな一発目のブログではあるのですが、少し
暗めな話題となっております。

昨日の朝、親戚のおじさんが亡くなりました。
父方の姉弟ではあるのですが、うちは父を早くに
亡くしているので、そのおじさんが「伯父さん」
なのか、「叔父さん」なのかもわからないのです。
ただ、年齢は70歳は越えていたかと思います。

そんな説明からもわかる通り、親戚のおじさんですが
今まで近くに住んでいたわけではない(とは言っても
そこまで遠く無い春日井市でしたが)ので、過去に
会話をした記憶がほとんど無い方でもありました。

ただ、元々四日市出身ではあるからなのか、(おそらく
定年退職後に)夫婦二人で四日市に戻ってきており、その
住んでいる場所が、今の職場から近いところであったので
何度か散歩中に会うこともあり、「また食べにいくでな」と
まあそこでも、会話らしい会話までは行かなかったのですが。

ですが、本当につい最近、この間の日曜日に、お店の前を
掃除するために、ちりとりとホウキを持って歩いていたら
散歩に来たおじさん夫婦と遭遇したのです。
今思えば、わざわざお店の前を散歩ルートに組み込んでいて
こうやって、さとちと出会うこともあるかもしれない、と
期待してのことだったようにも思えます。

そして、2月6日に入院する、ということをその時に話しており、
動脈瘤を取る手術をするのだ、ということまで話をしました。
その中でも冗談めいた口調で、
「次は生きて会えるかわからんけど」
なんてことを口にしていたのですが、さとちの中ではその言葉は
本当に冗談でとしか取っていなく、よく考えれば動脈瘤がある
なんてことは、かなりの深刻な状態ではあったはずなのですが
今眼の前で話している、歩いている姿を目の当たりにしている
からか、麻痺した感覚にもなっていたのです。

そして、昨日、7日であったので、「昨日、入院したんだよな」
というようなことを、何故かぼんやりとは考えていたことを
記憶しています。

夕方4時くらいだったか、スマートフォンに母からのメッセージが
あり、そこで「おじさんが今朝亡くなった」ということを
知らされました。

さとちは、小学1年生の頃に父親、大学生で祖父、30前半で
大好きだった女の子、そして、数年前に親戚の伯母と祖母、と
色々と「人の死」というものを目にしてきたはずなのですが、
今回のおじさんの死は、今までに無い感覚をさとちに与え、
今までで一番ショックを受けた人の「死」でした。

それは、「死」は本当に人の傍にいつも横たわっており、
気まぐれに首をもたげて起きて来れば、すぐにその人に
「死」をむかえさせることが出来るのだ、ということで
人間誰しもその時まで「死」によって「生かされている」
ということを今更ながらに痛感しました。

つまり、自分も「死」を傍らに生きており、いつ「死」が
訪れても不思議はないのだ、と。

そんな感覚に陥ったのは、やはりもう40手前という年齢も
関係しているんでしょう。
おそらく、20代前半ではそんなことは思わなかったはずです。
生々しい人の「生」から「死」を見てしまったことは
少しさとちの心のなかに傷を付けて行きました。

血圧も高めで、そんな血筋の親類であるさとちにも
「ちゃんと運動して野菜摂らなあかんで」
と気にかけてもらったり、
「こんな身体やで、味の濃いものはいつもは食べられやんけど
 たまには大丈夫やから、退院したら食べにくるでな」
と言ってくれたことが、今でも手で触れるかのごとく目の前に
感じられ思い出せるのです。

そして、その姿、声を思い出すたびに胸が締め付けられ
涙が出てきてしまうのです。
上述のように、過去そこまで会話をしたことが
無かったにも関わらず。

今日のお通夜には伺えなかったので、明日の告別式には
出席するのですが、その会話をしたときに横で一緒に笑っていた
奥さんを前にした時、平静を保っていられるか自信はありません。

ご冥福を心よりお祈り申し上げます。
2014.02.08 Saturday | 05:32 | comments(0) | trackbacks(0) | 雑記 | 
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