Yo-Yo

あたたかくなるはずが

 いっきにあつくなったり

  またさむくなったり

   おかしなてんきがつづく

  きょうこのごろ

   いかがおすごしですか?

 こんばんわ

  さとち@ぽえじー

 です


  けさ”ポカポカ”ようきのなか

 ”テクテク”とさんぽをしていたときに

   とうとつにあたまのなかに

 こんなかんじのぶんしょうが

  うかんできたんです


さんぽのはずではあったのですが

 しばふのうえで”ゴロゴロ”していると

  なんともきもちがよく

 ”ウトウト”とせっかくはやおきをしたと

   いうのにねむりこんでしまいました


 20ぷんほどうたたねをしたあと

   さんぽをさいかいです


 きょうはにっちゅうかぜがひどくつよく

  じてんしゃをこぐのもたいへんなほどでしたが

 あさがたはそこまでつよくもなく

   こうえんないには”サワサワ”ときもちのよい

  かぜがふいていました


そのためかさくらがちったあとの

 しんりょくのアーチとなった”みちみち”

   こかげであることもかさなり

     どれだけあるいてもあるいても

   あせだくになることもなく

  じかんがゆるせばいつまででも

    あるいていられるのではないかと

 さっかくしてしまうほどの

  きもちよさでした


   よのなかはひびうごきつづけており

 かなしいこと

    うれしいこと

  いきどおりをかんじること

   くやしいこと

 たくさんありますが

  しぜんのなかにみをまかせていると

   いろんなことが

 ささいなものごとに

    かんじられた

  はるのこはるびよりでした




っていうか、”てくてく”などの「畳語」をもっと使って
文章書きたかったのだけれども、イマイチうまくいきませんでしたw
若干、着地失敗気味ですが、たまにはこういうのもアリな感じで。


2012.05.11 Friday | 02:04 | comments(0) | trackbacks(0) | 雑記 | 
面白かったらClick!⇒ にほんブログ村 トップページへ 

4月19日

こんばんわ。
さとち@ダイエット中です。

桜も散り、気が付けば4月も半ばを過ぎました。
そうやって、日々が過ぎ去って行く日常が続くのですが
流れる日の中でも、そこだけ少しSlowになる時もあるのです。

さとちは、小学1年生の頃に父親を亡くしており、そのことから
少しは他の人に比べ、人の”死”というものに対しての耐性が
ある方だとは思っておりました。

まあ、実際に父親が亡くなった時、というのは6歳児であったので
父親が「死んだ」ということを理解は出来ていなかったのです。
あまり「悲しい」という感覚もなかったですしね。
(当然、人間として成長するとともに、後から後から悲しみは
 やってはくるのだけれども)

悲しみ、というか生理的なショック、ということで言えば、大学2年生の
時に祖父が亡くなった時の方が強かったと記憶しています。
多感な大学生、そしてモラトリアムな状態で「自分は何者か?」などと
いうことも考えだすような時期でもあり、実際には血が繋がっていなかった
祖父(父親が養子縁組しているので)ではあったのですが、そんな時期に
遭遇する「近しい人の死」というものは、前述の実の父の死よりも、
リアルにさとちの心に影を灯したのでした。

そんな多感な時期も過ぎ、ある程度人間的に成熟してきた31歳という
年齢での、また、肉親ではないのだけれども、20代の半分以上の間、
ずっと恋愛感情を抱いていた相手の「死」というものは、それまでの
経験の人の死とは随分と違い、悲しいけれども穏やかな、なんとも
言えない感情ではありました。

そんな日が7年前の「4月19日」ではあるのですが、その当日、
というか、その頃はその相手と疎遠になっていた(さとちが転職を
していた為)ので、そんな突然の死の知らせがそんな感情になって
しまった要因の一つでもあるかもしれません。

その命日をはっきりと覚えていられないことは、以前にBlogでも
書いたことはあったのですが、それでも、なんだかこの頃になると
ざわついた感情になることだけは否定できないのです。

しかし、悲しい事に積年の日々というものは、村上春樹の小説では
ないのだけれども、彼女の声、顔というものを思い出せなくさせて
いってしまうもので、その事が悲しいのか、それとも「忘れることは
人間の最大の美徳」として考えるべきなのか、その判断に迷っている
からこそ、ざわついてしまうのかもしれません。

ただ、その子のことを好きだった、という感情というものは、
さとちの人生の中での「好き」という感情の瞬間最大風速であった
事だけは間違いがなく、それを引きずるのもダメなのだけれども、
忘れることの出来ない、大事にしておきたい感情の一つで、だからこそ
こうやって何かあるごとに文章にして綴る作業を繰り返してしまって
いるのかもしれません。

さて、
天国で見てくれているかはわからないけれども、その子に
しっかりと胸を張って報告ができるような、恥ずかしくない
生き方、考え方をしていかなければいけない、と改めて
思えた「4月19日」でした。

2012.04.20 Friday | 03:34 | comments(0) | trackbacks(0) | - | 
面白かったらClick!⇒ にほんブログ村 トップページへ 

38歳

こんばんわ。
さとち@再々成長期です。

最近、さとちの小腹センサーが狂っておりまして

お腹が空いた → パスタ大盛り、ピザetc
小腹が空いた → かじりっこ、おにぎりetc
お酒の〆に → TKG、ラーメン、牛丼etc

と、何かあると炭水化物ばかり食べております。
なので、当然体重増加の一途を辿っておるので
いい加減節制しなきゃなーと、ビールを飲みながら
柿ピーを食べながら考えているダメっ子です。

さて

そんなさとちも、本日3月23日で、38歳となりました。

でも、38歳って中途半端なんですよねー。
意識してないと、耳を澄ましていないと、時計の針が
カチリと進んだのに気付かないくらい。

昔は1歳1歳の針が進むのが大イベントでガチャリと大きな音を
たてていたものだったのに、今では、30歳、40歳というデカイ
単位の針が動いた時には大きな鐘がボーンボーンとなってくれる
くらいで、他は寂しい感じが否めません。

だからといって、そんな微細ながらも針が動いていることに
実感できるのが誕生日で、大病もせずにここまで生きて
来られたことに感謝するばかりです。

そんな38歳verさとちは、4月8日に「四日市シティロードレース」に
5kmの部でエントリしちゃってます!
かなりの運動不足感は否めませんが、頑張って走ります!

ってことで、38歳のさとちを1年間よろしくお願いします。
2012.03.23 Friday | 03:31 | comments(1) | trackbacks(0) | 雑記 | 
面白かったらClick!⇒ にほんブログ村 トップページへ 
 | 1 / 47 PAGES | >>
合計 今日 昨日