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The other side of here

こんばんわ。
さとちです。

先日、父親方の伯母が亡くなったのですが、その通夜と
告別式に出席しました。
その時に感じた感情、というか気持ちが不思議なもので
うまく言葉で表現できるかどうかはわからないけども
記していきたいと思います。

伯母は79歳で亡くなったのですが、5年ほど前に大病をし
一命は取り留めたものの、一時期植物状態になっていました。
その後、その植物状態からは回復をしたものの、退院を
出来るまでの状態には回復せず、家に帰ることはなく、
そのまま病院で息を引き取ったのです。

伯母は、父親の姉弟の中での長女であり、さとちが6歳の時に
父親を亡くした時も、色々と声を掛けてもらった記憶が
うっすらとあります。
ただ、なにぶん6歳の時の記憶であり、かなり曖昧で、しかも
6歳の子供にかけてもらった言葉であるので、そこまで内容が
あるようなものでも無かった気がします。

その後も親戚一同で集まる場では、いつもその伯母は居たのですが
親戚の子供の中でも、女の子にはよく声を掛けていた記憶が
あるのですが(実際、姉はよく声を掛けてもらっていました)、
あまり男の子には、つまり、さとちには声を掛けてもらえませんでした。
まあ、その当時を振り返ると、というだけで、当時それが特に
寂しかった、というわけでもなかったのですが。

そんな伯母は、四日市出身で、若いころは「ミス四日市」に
選ばれた事もあるほどで、確かに今思い返してみても、
美人であったように思えます。

話を戻して、闘病生活のまま亡くなった、と先に述べたのですが
実際に通夜で、告別式で伯母の顔を見たのですが、死化粧を施していた
というだけでなく、本当にキレイな死に顔でずっと病院生活を
していた人の顔には見えないほどでした。

ただ
そうは言っても、やはりそれは「死」んでいる人であって
当たり前だけれども、コチラ側に居ない、アチラ側というか
圧倒的に、絶対的に、「生」きている人とは違う空気が
あるのです。

言ってしまえば、もうそれは”無機物”であるということで、
数十時間前までは生きていたとしても、全くの別物であるのです。

その空気感というものの原体験は、間違いなくさとちが子供の頃、
すなわち、父親を亡くした時で、”無機物”となった父親の顔を
見た時の感覚というものは、トラウマとまでは行かないにせよ、
さとちに何かを植えつけたことだけは確実なのです。

その、死んでしまった人が醸しだす空気感、というものに対して、
人の死に対しての感情的な「悲しみ」というよりは、そのいびつな
空気に感応してしまう、もしくは、その空気感が父親の死を
思い出させ、涙してしまう気がしました。

前述の通り、あまり伯母に対しての思い出が無かったにも関わらず、
泣けて泣けて仕方がなかったことに対して、そんな風に分析というか、
考えが湧き水のように湧いてきてしまったのです。

何かを伝えたい、この気持ちをわかってもらいたい、ということは
毛頭なく、ただ単に、その考えを整理するためだけに、この文章を
書いているのだと思います。

後から見ても、この時に感じた自分の空気感、感情というものが
わかるように。

2012.05.30 Wednesday | 04:26 | comments(2) | trackbacks(0) | - | 
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はじめまして。

私は小学生の時に祖父を亡くしたのですが
ブログを読ませてもらいながら祖父であって祖父でない。うまくいえないけど目の前にいるのは「なにもの」なんだろう。という感じで祖父であったであろう目の前の存在に花を入れてあげたのを鮮明に思い出しました。

なんとなくわかる気がして、そして、その当時はそんな感覚で祖父を見てた自分は涙も出ない、悲しみよりそんな感覚でいる自分は変かな〜と思っていたのでちょっとほっとして思わずコメントしてしまいました。

なんとなく、わかるような気がします。

| rin | 2012/06/19 3:29 PM |
>>rinさん

はじめまして。
さとちと申します。

子供の頃には、生/死の境目が、理解できているようで
できていないので、感覚的な「いびつさ」だけが妙に
残っちゃってるんでしょうね。
rinさんも、さとちも、子供の頃にその感覚を味わって
しまっているので、しっかりと大人になってから、身近な人の
「死」に直面した人がどのように感じているかは、全く
想像できないところですが、もしかしたらこの「いびつさ」を
感じていないのかもしれませんね。
| さとち | 2012/06/19 8:54 PM |









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